弐蜂

Shogo - Avīze no Japan -

Publicēts Japan - Vispārīgi un izklaide - 31 Jan 2019 19:53 - 0

しょうはいや、そんとくは、いっときのこと。
むしろ、いきてゆくことが、なによりだいじ。

みずからまねくけっかをうけとめ、いきてゆく。
つごうのよしあしでみないで、みずからえらぶ
うんめいとしてみるところのうけとめ。
このよの、このじだいにうまれたのも、すべて
うんめい。

たちばをこえたせかいから、たちばをもとめて
いきるものをすくうためのみちがあり、すべて
のたちばのひとをみちびく。

どこまでもいきるかくごからさとり、じぶんの
いるたちばから、てんめいのゆるすかぎり、ゆ
るされていきるさだめをうけとめる。

こころあれば、もとめて、みちはひらく。いき
るかくごにていきる。じぶんじしんのたちばか
ら、これにじこじしんをさとるなり。

Ziedot

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